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立川の小さな教会(日本基督教団 西東京教区)
2021年09月26日(主日礼拝)ヘブライ人への手紙 2章1節〜4節「聖霊の賜物」 平澤基幸牧師

ヘブライ人への手紙の著者は、ユダヤ人から(ユダヤ教から)キリスト教への改宗者に向かって語ります。神は、天使をはじめ様々な仕方で、御言葉を語り聞かせて来ました。しるしや不思議な業、様々な奇跡…しかしそれらは皆神の創造物(被造物)であって、神そのものではありません。しかし今や神は、「大いなる救い」御子イエス・キリストを通して、御言葉を証しされました。これほど大きな救いに無頓着であってはなりません。神は、聖霊の賜物によって、この救いをわたしたちへ証ししてくださっています。

2021年09月19日(日本伝道の推進を祈る日礼拝)ヨハネによる福音書 15章4節〜6節「キリストにつながって生きる幸い」 道家紀一牧師

神はイスラエルを、不必要な役に立たない、望みのない枝として、切り捨てられたでしょうか。最後のところで、御子キリストを遣わして、思いを飲み込まれたのではないでしょうか。神のこのご決断は、今日まで続いています。キリストにつながってならないような人はひとりもいません。つながったその後に、「実を結ぶ枝、結ばない枝」のイニシアチブは、完全に神の御手の中にあります。わたしたちにできることは、“キリストに結ばれて生きる幸い”に生き続けようとする以外にないのではないでしょうか。

2021年09月12日(主日礼拝)ヨハネによる福音書 15章1節〜3節「信仰の実を結ぶ」 道家紀一牧師

信仰の実を結ぶ結ばないとは、最終的には人間が判断できるようなことではありません。「あの人の信仰は実を結んでいる」とか「あの人は結んでいない」などということはわたしたちには出来ないこと、してはいけないことでありましょう。それは神がお決めになることです。ですから、神による枝払い(刈り込み)をいたずらに恐れるのではなく、どんなことがあろうとも“主イエスにつながってゆこう”と思う気持ちを大切にすることです。

2021年09月05日(振起日礼拝)ローマの信徒への手紙 14章1節〜12節「現実を受けとめる力」 道家紀一牧師

目の前の現実を受け止める根源的な力は、主なる神です。最後はみな、裁きの御座に着かせられます。終わりの日、わたしたちは、どのような生き方をしようとも、そこで神の前に立つのです。主は言われます。「わたしは生きている。すべてのひざはわたしの前にかがみ、すべての舌が神をほめたたえる」と。最後の最後には、神の御前に伏すことになり、自分の来し方について申し開きをしなければなりません。これが生きる謙虚さにつながり、ひいては、他人の事柄について、軽率な言動を控えることにもなりましょう。

2021年08月29日(主日礼拝)ヨハネによる福音書 14章25節〜31節「さあ、立ってでかけよう」 道家紀一牧師

主イエスの決別説教は終わります。世の支配者が来るときが来たからです。世の悪しき力によって、主イエスは亡き者にされようとしていますが、彼らは、決して主イエスの全てを奪うことはできません。彼らが亡き者にしたと思ったその瞬間に、主イエスは“神の栄光を受ける”からです。ルターはいいました。「主の十字架の恥辱の中に神の栄光がある」と。キリストを信じる弟子たちが、“もうこれまで”と思ったそのときに、そこから、神の栄光の輝きが始まるのです。キリスト共に、さあ、世に出掛けて行きましょう。

2021年08月22日(主日礼拝)ヤコブの手紙 1章1節〜4節「信仰生活」 永瀬よしこ牧師

ヤコブ書は、信仰生活への助言を、書いた手紙です。主の兄弟ヤコブの名のもとに彼は、この手紙を書きました。それは、この手紙で異教の地で暮らす信仰の兄弟を励ますためでした。彼らの暮らすギリシア・ヘレニズム文化の地は、多神教の世界でした。キリスト者の教会は、こうした宗教世界において、常に誘惑(迫害)を受けていました。ヤコブは、これらの迫害を忍耐することを勧めます。そして、神により喜びの信仰に変えて頂くようにと伝えるのです。

2021年08月15日(日本伝道の推進を祈る日礼拝)ヨハネによる福音書 14章18節〜24節「主が内に宿ってくださる」 道家紀一牧師

主イエスの言葉と約束は明確です。主イエスを愛する人は、主イエスの言葉を守る人となる。すると、父なる神は、その人を益々愛してくださる。そして、さらには、父と子が、その人のところに来て、いっしょに宿ってくださるのだと。したがって、主イエスを愛さない者には何一つ救いの出来事は起こらないし、救いの信仰も与えられないのであると。主イエスが語る信仰とは、父と子が、わたしたちの内に宿ってくださるということです。そのことを起こさせるのは聖霊です。聖霊が注がれるように、祈り求めましょう。

2021年08月08日(主日礼拝)ヨハネによる福音書 14章15節〜17節「新しい霊の下に生きる」 道家紀一牧師

旧約の預言者エゼキエルは語ります。「わたしはお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。わたしはお前たちの体から石の心を取り除き、肉の心を与える。また、わたしの霊をお前たちの中に置き、わたしの掟に従って歩ませ、わたしの裁きを守り行わせる」(エゼキエル36:26~27)キリストが、父なる神に願って、遣わされる真理の霊は、今も、わたしたちのところに来て下さる、助け主であり、弁護者であり、慰め主です。多くの人が聖霊の支配の下、愛に溢れて生きられるよう祈り求めましょう。

2021年08月01日(平和聖日礼拝)詩編 4章2節〜9節「平和のうちに身をよこたえる」 道家紀一牧師

農夫は、一年間、暑い日も寒い日も労苦して畑を守り、待ちに待って「麦とぶどうを豊かに取り入れて」大きな喜びに浸ります。しかし、神の答えという実を待つ信仰は、それ以上の喜びを与えます。この信仰に至るとき、争いに満ちている一日に平和な眠りのときが来ます。「平和のうちに身を横たえ、わたしは眠ります。主よ、あなただけが、確かに、わたしをここに住まわせてくださるのです」と。ここに否定する気持ちはありません。すべてを神の御手の内にゆだね、今日一日を肯定し神に近づく上質な眠りがあります。

2021年07月25日(主日礼拝)ヘブライ人への手紙 1章5節〜14節「御子は天使にまさる」 平澤基幸牧師

御子イエス・キリストは、「天使にまさる」とヘブライ人への手紙は語ります。主なる神はすべての世界をお造りになられました。天使もまた神の御手の内に造られました。御子キリストは、この神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れです。したがって、御子キリストは、天使以上のものであり、神と同じ力をもって、万物(世界と人間)をみ言葉をもって支えてくださっています。地上に降り立たれた御子キリストは、そのために人々の罪を清められた後、今は、天にあげられて、神の右の座に就いて支配しておられます。